ヒラリーの選択とリベラル派の「構造的苦戦」(11/15)

ヒラリーの選択とリベラル派の「構造的苦戦」(11/15)
春原 剛 編集委員


「2008年」を狙っているか聞かれ、笑顔でかわすヒラリー・クリントン上院議員=11月4日、ニューヨーク〔著作権:AP.2004〕
 米大統領選は下馬評通り、史上まれに見る接戦だったが、蓋を開けてみれば現職の共和党ブッシュ大統領が貫録勝ちした。何としてもブッシュ氏をホワイトハウスの「玉座」から引き摺り下ろそうとしていた民主党関係者の多くが意気消沈する中で一人、なお、その目の輝きを失っていない人物がいる。ヒラリー・ロッダム・クリントン上院議員ニューヨーク州)である。

ありえなかった「ランニングメイト」

 2004年の選挙が事実上、開幕していた2003年末。共和、民主両党の関係者が注目したのは、ヒラリーの動向だった。当初から「2008年を狙っている」と言われたヒラリーの机上にこの時点で上っていた選択肢は二つ。2004年選挙で副大統領候補を目指すか、2008年まで音なしの構えを保つか……。

 在米日本大使館が選挙予測を依頼していることでも知られる有力選挙ウォッチャー、チャーリー・クック氏らは2003年末の段階から「ヒラリー副大統領候補はありえない」と予測していた。その言葉通り、ヒラリーは後者を選択した。民主党の大統領候補がケリー上院議員に決まった今年の夏前、一部にヒラリー登用説も浮上したが、それも共和党陣営を揺さぶるための情報戦の一環だった可能性が高い。事実、最新の米ニューズ・ウィーク誌などによれば、ケリー氏自身は共和党の一匹狼、ジョン・マケイン上院議員に「副大統領兼国防長官」という異例のオファーを出していた。「ランニングメイト(副大統領候補)・ヒラリー」は、はなからケリー氏の念頭にはなかったのである。

 にもかかわらず、ヒラリーが次期大統領選挙で民主党の有力大統領候補と目される理由は多い。まず、その知名度クリントン前大統領夫人として8年間、その存在感を米国内外にアピールした実績は他の追随を許さない。「事実上の首席補佐官」としてホワイトハウスの重要会議も切り盛りし、医療保険改革問題などで大きな発言力を持ったヒラリーは民主党リベラル派の「輝ける星」であり、シンボルでもある。

 その知名度を利用した集金力も魅力的だ。いまだに国民的な人気を持つ夫君、クリントン前大統領の政治的威光も存分に活用できる。もちろん、アメリカ合衆国史上初の「女性大統領候補」というキャッチフレーズも金看板となる。

 だが、民主党内部が「ヒラリー待望論」で一枚岩か、というと実はそうでもない。むしろ、ヒラリーが2008年に出馬し、民主党内の指名レースを制しても、共和党候補には最終的に勝てないとの見方が大勢だ。「結果的に民主党はまた、少なくとも12年はホワイトハウスから離れていなければならない」(民主党議会関係者)という悲観的なムードが党内を支配している。

 今回の選挙でもわかったように、保守化が進む現在の米国において、政治家・ヒラリーの魅力は諸刃の剣のようなものだ。元来、「リベラル過ぎる」ことが共和党保守派の不興を買い、攻撃対象にされたヒラリーだが、民主党の伝統的なリベラル派内では圧倒的な人気を誇っても、ひとたびそのサークルを出れば容赦ない視線が浴びせられる。クリントン政権8年間時代に散々、振り回されたスキャンダルの数々に再び、頭を悩まされる恐れも否定できない。


予想以上の保守化の中で

 民主党内ではすでに次をにらんだ駆け引きが始まっている。今回の選挙で序盤戦をリードしながら、失速したハワード・ディーン元バーモント州知事や、副大統領候補だったジョン・エドワーズ上院議員らは出馬への意欲を捨てていない、とされる。軍人出身のウエスリー・クラーク元司令官も政治的に枯れてはいない。だが、ディーン氏にはヒラリー同様、リベラル過ぎるとの印象が強く、エドワーズ氏には「クリントン並みの女性問題」(民主党関係者)の噂が囁かれる。最終的に副大統領候補になったことが幸いし、共和党陣営からの攻撃は免れたものの、次回選挙で大統領候補となれば無傷では済まない。つまり、ヒラリー以外、めぼしい人材は見当たらないのが現在の民主党の実情なのである。



 ライバルの共和党に目を転じれば、「ブッシュ後」を狙う人材は豊富だ。右派からは米同時テロの事後処理などで手腕を発揮したジュリアーニニューヨーク市長、中道派ではパタキ・ニューヨーク州知事らがその筆頭格だが、隠れた最右翼は共和党上院院内総務のビル・フリスト上院議員と言われる。

 元医師で、共和党穏健中道派に属するフリスト氏は米政界になお、にらみを利かせるベーカー駐日大使のお気に入りでもあり、加藤良三駐米大使もベーカー大使を通じて、気脈を通じる仲となっている。ヒラリーが党内リベラル派だけしか頼りにできないのに比べ、フリスト総務のような共和党潜在的ライバルは民主党中道派をもひきつける魅力をすでに身にまとっている。

 これら共和党のつわもの相手に、ヒラリーがどこまで戦えるのか。その質問に頭をひねる民主党関係者は多い。パウエル国務長官が1996年の大統領選挙に「初の本格的な黒人候補」として出馬を検討した際、パウエル夫人や盟友のアーミテージ国務副長官が反対し、断念したエピソードは有名だが、ヒラリーにも同じ懸念が当てはまる。「女性大統領」を受け入れる土壌が生まれることを期待して、これまでは目立つ行動を控えてきたヒラリーだが、2000年の米大統領選挙が未曾有の混乱に陥ったことや、2004年の選挙で米国民が予想以上に保守化していることを見れば、ヒラリーが「構造的苦戦」を免れないことは容易に想像できる。

 「米国の民主主義が健全であることを証明できた」――。大統領選挙後、ベーカー大使は一部日本の報道機関との会見で、そう語り、胸を張った。確かに、今回の選挙で米国は前回のようなゴタゴタを世界にさらけださずに済んだ。しかし、米国が4年たった今も真っ二つに割れていることを今回の選挙が図らずも露呈することになったのは万人の認めるところでもある。

 その溝を2期目のブッシュ大統領が狭めることができるのか。それとも1期目同様、保守派の目を重視して、ますます米国内の分断は進むのか……。「ヒラリー大統領」誕生の可能性は皮肉にも、2期目のブッシュ政権の「立ち振る舞い」にかかるところが大きいのかもしれない。
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/sunohara/20041112n97bc000_12.html