「第二プラザ合意?」――ブッシュ二期目の焦点はドル(11/8)

「第二プラザ合意?」――ブッシュ二期目の焦点はドル(11/8)
田村 秀男 編集委員


ブッシュ政権2期目の最重要課題はドル。誰が舵取りをするのか注目が集まる
 再選にこぎつけたアメリカの歴代政権の経済政策を大づかみすると、一期目は大統領主導、二期目はスタッフ主導である。80年代のレーガン政権の場合、一期目は「小さな政府」の信念通り市場介入を拒否したが、二期目はジェームス・ベーカー財務長官主導のもとに「プラザ合意」を演出した。90年代のクリントン政権は一期目に大統領みずから対日通商強硬策をとったが、二期目はロバート・ルービン財務長官主導でドル高政策をとった。ブッシュ政権の場合どうなるだろうか。
 一期目は大統領が自己の政治スローガンや公約にこだわるのは当然だが、政権二期目は通常、噴出する矛盾の後始末を迫られる。複雑な問題と政権の公約との食い違いの妥協点を求めて、辣腕のスタッフが力を発揮する。それに何よりもスタッフたちには強力な動機がある。それは「回転ドア」と称されるワシントンの特異性から来る。大統領自身は二期も務め上げればあとは故郷に記念館でも立てて悠々自適だが、野望に燃えるスタッフとなるとそうは行かない。政権での実績を引っさげていずれ民間に舞い戻り、金融界つまりウオール街や産業界つまりメーンストリート、コンサルタントなどの最高実力者として迎えられるようにしなければならない。ボスである大統領の顔色ばかりうかがってもしかたないという雰囲気になり、大統領は二期目の半ばも過ぎると「レームダック」(泳げないアヒル)と呼ばれる。


"剛腕"ベーカー長官だからできたプラザ合意

 ブッシュ政権の場合、一期目でみずから築いた難問のヤマに直面している。泥沼化したイラク占領はもとより、史上空前の財政・経常収支の双子の赤字、破綻が懸念される社会保障基金。にもかかわらず、ブッシュ大統領は減税を恒久化し、増税なしの税制改革を実行して、財政赤字を削減すると早速公約した。大統領はどうやって赤字削減を実行するかいっさい触れなかったと、アメリカのメディアは報じたが、当然である。相反する政策を同時に実現しようというのだから。

 では、このままでいいとブッシュ政権スタッフが考えるはずはない。民間の勝ち組はブッシュに巨額の献金をした金融界と産業界では医薬・医療関連、石油だが、鉄鋼など在来型製造業は競争力の低下に苦しんでいる。ブッシュ個人はそれでよいかもしれないが、スタッフや上下両院で勝利した共和党にとってみればそうはいかない。共和党の政権として「アメリカ株式会社」をしっかり建て直さないと、「ブッシュ後」の己の立場が危うくなるだろう。

 最大の経済問題はやはり双子の赤字だろう。財政、経常収支ともに赤字がGDP(国内総生産)の6%に達する勢いの今、日本など外部からの資本流入に依存するアメリカ経済の成長が持続可能であるはずはない。市場はいつも短期的な予想で動く。減税主義のブッシュ再選をウオール街は前向きに反応したが、双子の赤字が今後解決の見通しがなく、さらに膨れ上がるとの悲観論が台頭すれば、いつか突然ドルも株式、債券も一斉に売りに転じかねない。泥沼イラク情勢のいっそうの悪化やパレスチナサウジアラビアを含む中東情勢もブッシュ一期目以上に不安定になる恐れもある。

 世界情勢の矛盾の大半がニューヨーク市場に集中し充満すれば、市場が崩壊し地球全体が危機に陥る。ドル危機に陥る前に、早めに手を打つのがワシントンの役割のはずだが、過剰消費体質や財政赤字構造が短期的に解決不可能である以上、金融政策にしわ寄せられるが利上げには限度がある。だから、ワシントンは「国際協調」を関係国に呼びかける。世界危機を防ぐために、各国も結局は応じざるをえない。レーガン二期目の場合、ベーカー氏の剛腕により日欧の協調を引き出しドル高是正のプラザ合意に踏み切った。プラザ合意後、ドルの下落は続いたが、先進7カ国(G7)の協調体制でニューヨーク市場の崩壊は免れた。


力量・構想力・実行力備えた人材はどこに?

 プラザ合意から20年の2005年にスタートするブッシュ二期目はもっと複雑だ。アメリカにとっての最大の貿易赤字国は中国だが、8%以上の実質成長を続けないと失業者が増える中国は競争力低下を恐れ、日本、東南アジアが同調しない限り、人民元切り上げに踏み切れない。ブッシュ政権のスタッフが「第二プラザ合意」をめざすなら、相手は日欧ばかりでなく、中国あるいは東アジア全域を対象に入れるしかなく、プラザ合意当時のベーカー氏以上の力量と構想力、実行力が必要になる。疑問はそれだけの人材がいるか、である。

 ブッシュ政権二期目に向け一部閣僚の入れ替えが検討されている。興味深いのは、レーガン政権二期目に習ったのか、大統領首席補佐官のアンドリュー・カード氏が財務長官に転出するとの観測が浮上している。政権一期目の途中でブッシュ大統領と袂を分かったオニール氏に代わって登板したスノー財務長官は存在感が薄いのが難点だった。ドル問題は、財政、税制、金融、さらに国内産業界の利害すべてとかかわり、しかも日本、中国、欧州からの協調を引き出さなければならず、大統領のもっとも信頼の厚い実力者でないと取り組めない。二期目の閣僚人事についてアメリカのメディアの関心は国防長官、国務長官などイラク関連に集中しているが、日本や世界の経済の命運という点では財務長官人事が最大の焦点と言えよう。 
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/tamura/20041105n17b5000_05.html